映画 「男たちの大和 YAMATO 」

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映画 「男たちの大和 YAMATO 」 を渋谷TOEI1にて。

今時の中学生に聞くと、日本は昔戦争をしていたということは知っているけど
じゃあ 勝ったの負けたのとか、どこの国と戦ったのと聞くと、ウーンと唸ってしまったり
千差万別の答えが返ってくるらしい。

それは彼らのせいではなく、きちんと伝えない私たち大人が悪いのです。

戦争の悲惨さを描いた映画は、数え切れないほど作られて私たちは沢山観てきました。
けれど最近ではそれも少なく、若い人たちは日本の戦争映画を観た事があるでしょうか。

今日は「男たちの大和 YAMATO 」を観てきました。

この映画についても、感ずるところは人それぞれでしょう。
それは戦争についての捉え方、考え方がさまざまですから当然そうなることと思います。

今、この作品が公開され、満員御礼が出るほどの客足の良さであると聞き
とても意味のあることではないかと思います。

まだ10代の若い年少兵を多く載せ、一機の護衛もなく、片道分の燃料のみで沖縄へ向かう戦艦・大和。

この映画の新しさは、それらの年少兵の目線で描かれているところでした。
ややもすれば、特攻精神や滅びの美学といったあたりを強調されがちですが
あの時代に、愛する人のため、大事な人の住む日本に目前にまで近づいた敵に対し
命の限り戦うということが、恐ろしくも当たり前のことであった様子がよく描けていたと思いました。

監督は佐藤純彌監督。かつて「新幹線大爆破」などで、大いに楽しませてくれましたが
もう70を超えられたお年ですので若干不安でしたが、流石にソツのない造りで
この戦争を遠い絵空事でなく現代に通じる話なのだ、というふうに見せた演出は上手いと思いました。

ですから、戦争を知らない世代へ最低限の状況を説明するために
あのニュース映像やナレーションは必要であったのです。

勝ち目のない最後の戦いに向かうため、大和に乗り組む兵隊たちとその家族や恋人たちとの別れの場面。
どれも泣かせてくれますが、とりわけ良かったのは妙子役の蒼井優ちゃん。

大画面に映る彼女の笑顔、涙。目に焼きついて離れません。

大和最後の戦闘シーン。戦闘というより、戦いであった部分は最初のほんのわずかの時間で
あとは圧倒的な物量の米軍の総攻撃を受けるだけといった壮絶なシーンでした。

この数十分間の戦闘シーンの迫力は、日本映画のみならずここ何年かに観た映画のなかでも
出色の出来であったと思います。

でも私がこの映画で一番衝撃を受けたのは、この後にありました。

激しい戦闘の末、九死に一生を得て生き延びた神尾(松山ケンイチ)が、戦死した親友の母を訪ねるシーン。
そこで親友の母(余貴美子)が神尾に言い放つ言葉。(ここでは書きません。ぜひ映画をご覧ください。)
そう言われた神尾がなんといって地べたに頭を擦り付けるか。あまりに悲しいシーンでした。

その60年後の今の神尾を仲代達也が演じます。
この神尾が命を賭けて守ろうとしたものは何だったのか。
神尾がこの60年をどう思って生きてきたのか。

日本が戦争をしていたのは、60年前のことです。
たかが60年、されど60年です。
決して風化させてはいけないものが、この映画にあるのではないでしょうか。


男たちの大和/YAMATO

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